こうへいの音楽夜話 第24話

ラデツキー行進曲 −ニューイヤーコンサートの民族性とグローバリズム−

(2002年6月17日著述)

いまごろニューイヤー・コンサートはないだろうって。
そうですよね。もう真夏のような日が続いていますから。
暑いのは、KOREA/JAPANワールドカップのせいという説もありますが。
いまごろになったのは、最近CDを買う気持ちの余裕が無く、このCD聴いたのがやっと6月になってからというためです。
季節はずれご容赦。
ちなみにこのCDは、息子と娘からの父の日のプレゼントです。
ありがとう。

ウィーン・フィルのニューイヤー・コンサートは、音楽そのものもさることながら、あの雰囲気が大好きなので、出来ればNHKのテレビで見ることにしています。
ただ、今年は、気力・体力ともに限界を超えてまして、そもそもテレビでやるのかどうかも知らないまま年が明けました。
小沢征爾が振るというのは知っていたのですが。

これまで、こうへいの音楽夜話をお読みいただいた皆さんはよくご存じだと思いますが、こうへいは、生まれと育ちはなかなか抜けないと思ってます。音楽もそうです。
だから、けっこうお国柄を感じさせる音楽が好きなのですが、その点では、このニューイヤー・コンサートは、ウィーンそのものなのですね。
この音楽と、たくさんの花に飾られたホールの雰囲気。そして最後に演奏されるラデツキー行進曲の手拍子。
このニューイヤー・コンサートと、映画のサウンド・オブ・ミュージックの舞台となった街に行ってみたいというのは、こうへいの夢です。

ところが、このあまりにもウィーンなコンサートの指揮者が小沢征爾なんですね。
これはどういうことなんでしょうか。
アメリカ以外の何ものでもないJAZZの、スィングを銀座で日本人の演奏で聴いたり、パリでディキシーがはやったりというようなものでしょうか。
民族性とグローバリズムなどと、柄にもなくむつかしく考えてみたりしますが、結局最後は、楽しいものは楽しい!!!!という結論。

<お詫び>
今回は、この内容を書いた日と、アップロードした日が違っています。
書いたときから、私事にて大変バタバタしてしまい、更新の余裕がなかったためです。
従来通り、更新日付で2002年7月7日とすると、変になってしまいますので、2002年6月17日著述としました。


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