こうへいの音楽夜話 第31話

埴生の宿 −これまでふれることがなかった昔−

(2004年8月16日)

一時期、ずいぶん近くにあった歌であるにもかかわらず、ほとんど音楽夜話でとりあげなかったものがあります。
とりあげなかったというより、とりあげることができなかったというのが正しいでしょう。
唯一それに近いのが、23話のイムジン河ですが。
イムジン河に出会ったときは、まだその本質には気づいていなかったのです。

とりあげなかったのは、反戦歌です。
とりあげなかったのは、ふれたくない昔の思いがあったからです。
ふれたくなかった昔の歌に再び出会ったのが、28話の「永遠のフォーク&ポップス」のCDです。
このCDに、「友よ」という反戦歌が入っていました。

それから1年近く、何度か「友よ」をタイトルに書こうかという思いはあったのですが、書けませんでした。
ところが、今日突然に別の曲で書ける気になったのです。
「友よ」と「埴生の宿」ってどういう脈絡かと思われるでしょうが。

「友よ」が一番身近だったのは、ずーっと昔、高校生の頃です。
街角でも、学校でも、ギターを持って歌っていました。
こうへいは、自ら先頭に立って歌うことはなかったのですが、歌っている友人たちに共鳴するところがあったのも確かです。

にもかかわらず、音楽夜話というコラムを書きながら、ずっととりあげなかったのは、歌っていた友人たちのその後が頭に浮かぶからです。
もっとも、その友人たちのほうでは、ごく普通の大学生になっていったこうへいのことは仲間だとは思ってないでしょうが。

「友よ」は、自ら夜明けを起こそうとする仲間たちに向かい、報われるときがきたんだと歌っています。
当時思っていたような夜明けがきたかどうかは別として、当時の世相が、もっとも真摯だった級友たちに大きな影響を与えたことは否めません。
当時、こうへいの通っていた高校は、そこそこの進学校だったのですが、高校としては珍しいほど激しい学園紛争となりました。
そんな中、運動を批判していたあるA君は、いつの間にか逆の立場になり、運動を続けるために進学をやめ、高卒で労組の強い会社に就職、労組を将来に選びました。
その後の消息はわかりません。
一連の紛争を通じ、強い挫折感をもったB君は、やはり進学せず、大好きだった山に入り、山小屋で働くようになりました。
その後、冬山の遭難者の救助に向かい、殉職してなくなられました。
音大志望のC君は、けっきょく音大にはいかず、その後はわかりません。

そのC君が、まだ志望を崩していないときに、校内のクラス対抗音楽会で、自由曲として、編曲と指揮をしたのが、今回のタイトル曲「埴生の宿」です。
1コーラス目は、普通に合唱し、あと2つのコーラスは、リズムを思い切りた変えたものと、オールスキャットという編曲、猛練習もあって喝采をあびました。
ふれたくない思いが多い中で、このときの「埴生の宿」は、いまも印象に残っています。

もちろん、そのときの録音などありませんが、今手元にあるのがこのCDです。


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